治療効果とエビデンス

認知行動療法の治療効果についての科学的根拠(エビデンス)

認知行動療法とは

認知行動療法は、私たちの「気分・感情」「行動」「身体的な反応」が「認知(ものごとの捉え方や考え方)」の影響を受けることに着目し、認知の偏りを修正することを通して、患者さんの課題の克服を支援する心理療法です。

認知行動療法の開発と普及について

1970年代、アメリカの精神科医のA.T.ベック先生によって、うつ病に対する心理療法として開発されました。
その後、うつ病の他にも、多くの精神疾患(不安障害やストレス関連障害、パーソナリティ障害、摂食障害、統合失調症など)に対する治療効果と再発予防効果が多くの研究を通して確認され、欧米を中心に世界中に普及していきました。
また、精神疾患以外にも、日常生活のストレスや人間関係における課題などに対しても、適用範囲は広がっています。
半世紀以上の歴史を持ち、現在は国際標準(グローバル・スタンダード)の心理療法として認められています。

欧米における研究成果

欧米では、うつ病に対する効果が実証され、軽症から中等度のうつ病の第一選択治療のひとつになっています。さらに、薬物療法との併用で治療効果が増すことが証明されています。また、再発予防効果も確認されています。この他にも、パニック障害、社会不安障害、アルコール依存症、強迫性障害、境界性パーソナリティ障害、統合失調症などに対しても、治療効果が明らかにされてきました。

国内における研究成果

日本では、1980年代後半から研究が進んでいます 。
以下のように、代表的な研究について、認知行動療法の治療効果の観点からご紹介いたします。

1)2004年度~2006年度「精神療法の実施方法と有効性に関する研究」

<研究目的>

精神疾患に対する精神療法の効果を国内で初めて体系的に検証し、国民の心の健康の向上に資すること

<研究成果>

うつ病性障害、パニック障害、社会不安障害、強迫性障害、アルコール依存症、境界性パーソナリティ障害、統合失調症に対する精神療法の基本的なマニュアルが作成され、有効性を検証するための基盤がつくられた

2)2007年度~2009年度「精神療法の実施方法と有効性に関する研究」

<研究目的>

うつ病、不安障害(パニック障害、社会不安障害、強迫性障害)、複雑性悲嘆、境界性パーソナリティ障害に対して認知行動療法をマニュアルにもとづいて行い、国内における実施可能性と有効性を検証すること

<研究成果>

以下のような結果と考察を通して、認知行動療法の有効性が示された

  • 大うつ病性障害に対する認知行動療法のシングルブラインド無作為対照比較試験を行い27例を登録し治療と評価を行い、通常治療に認知行動療法を追加することが、治療効果の面でも医療経済的にも望ましいことが確認された
  • パニック障害、社会不安障害、強迫性障害、複雑性悲嘆、境界性パーソナリティ障害に対する認知行動療法の効果が明らかになった
    • パニック障害(168名)、社会不安障害(141名)の患者さんが名古屋市立大学病院で集団認知行動療法を受け、治療完遂率がそれぞれ86%、83%、治療前後の症状減少率がそれぞれ平均49%、平均30%だった。効果は治療終結の12ヶ月後まで持続していた
    • 強迫性障害(8名)の患者さんに対して、行動療法は薬物療法に比べて有意に速く大きな効果をもたらし改善が維持されやすかった
    • 複雑性悲嘆の患者さんに対して、認知行動療法(持続エクスポージャー療法)が有効であることが示された
    • 境界性パーソナリティ障害(22例)の患者さんに対する認知行動療法(弁証法的行動療法)の有効性が示された
  • 小児に対しても認知行動療法の有効性が示された
    • 不安障害を持つ小児(7歳~14歳、8例)の患者さんに対する認知行動療法の効果が示された
  • 国内においても認知行動療法が効果的である可能性が示された
<その他の成果>
  • うつ病の認知行動療法のマニュアルにもとづいて行った治療に効果が認められたことによって、2010年の診療報酬改定で保険適用の対象となった
  • 薬物療法とともに精神疾患治療の柱である精神療法の実施方法と効果、研修方法等を明らかにできた
  • 認知行動療法の治療者用・患者用マニュアルが、厚生労働省ホームページに掲載された
    http://www.mhlw.go.jp/bunya/shougaihoken/kokoro/index.html

3)2010年度~2012年度「精神療法の有効性の確立と普及に関する研究」

<研究目的>

うつ病、不安障害(強迫性障害、社交不安障害、パニック障害、心的外傷後ストレス障害)などの精神疾患に対する認知行動療法の有効性について検証すること

<研究成果>

以下のような結果と考察を通して、認知行動療法の有効性が実証された

  • 医師および医師以外の職種(十分なトレーニングを受講済)によるうつ病の認知行動療法の治療効果と有害事象の可能性について検証した結果、医師と医師以外の職種で治療効果に差がなく、ともに有害事象が認められないことが実証された
  • 強迫性障害、社交不安障害、心的外傷後ストレス障害(PTSD)、不眠症に関しても、認知行動療法が有意な効果を示し、重篤な有害事象は認められなかった
<その他の成果>
  • うつ病以外の精神疾患に対する認知行動療法を診療報酬の対象とするためのエビデンスの蓄積が進んだ

4)「日本における心理士によるうつ病に対する認知行動療法の系統的レビュー」 (2012年)

<研究目的>

国内において、心理士がうつ病の患者さんに対する認知行動療法を行い成果を上げてきた一方、有効性の検証が不十分であったため、その有効性を検証すること

<研究成果>

以下のような結果と考察を通して、有効性が検証されたとともに、うつ病の患者さんへの認知行動療法を実施する上で、心理士が重要な役割を担っていることが確認された

  • 国内で実施されたうつ病の認知行動療法に関する12本の効果研究をもとに算出された効果サイズは、抑うつ症状の改善にかかる自己評価尺度(研究数12本)では中程度、臨床家評定(研究数4本)では高程度であった
  • 認知行動療法は抑うつ症状を改善するだけでなく、社会的機能を高める効果もあることが示された
  • 認知行動療法の実施者の職種は、心理士、医師、看護師、その他の順に多かった。心理士が重要な役割を担っていることが確認された。専門的なトレーニングを受けた心理士による認知行動療法を、うつ病の保険診療の対象とすることの重要性が示された

5)2013年度~2015年度「認知行動療法等の精神療法の科学的エビデンスに基づいた標準治療の開発と普及に関する研究」

<研究目的>

うつ病以外の精神疾患に対する認知行動療法の効果や、実施者を医師以外の職種に広げる可能性について検討すること

<研究成果>

以下のような結果と考察を通して、認知行動療法のうつ病および他の精神疾患に対する治療効果や、医師以外の職種の実施による効果が実証された

  • うつ病の他にも、強迫性障害、社交不安障害、PTSDおよび不眠症への有効性が実証され、重篤な有害事象は認められなかった
    • 強迫性障害においては、治療前後のY-BOCS(自己記入式YALE-BROWN 強迫観念・強迫行為評価スケール)の得点が有意に減少した
    • 社交不安障害においては、薬物療法と通院精神療法(通常治療)で十分な治療反応が得られなかった患者さんの通常治療継続群の寛解率は0%(治療反応率で10%)であったのに対して、個人認知行動療法追加群の寛解率は48%(治療反応率で86%)に向上した
    • PTSDにおいては、RCT研究で効果が認められた
    • 不眠症においては、オープン試験で効果を確認した
  • 十分な経験を積み、一定の質が担保された研修体制を整えることができれば、医師と医師以外の職種とで治療効果に有意差がなく、大きな有害事象も認められなかった

6)2020年度~2022年度「認知行動療法の技法を用いた効率的な精神療法の施行と普及および体制構築に向けた研究」

<研究目的>

認知行動療法の技法を用いた精神療法を効率よく提供するための「効率型認知行動療法(Streamlined-Cognitive Behavioral Therapy; SCBT)」に関して、マニュアルおよびマテリアルの作成、Webサイトの作成、臨床試験によるフィージビリティの検証を行うこと

<研究成果>
  • 効率型認知行動療法のためのマニュアルおよび資料・動画などのマテリアルが作成された
  • 素材のプラットホームとなるWebサイト「認知行動療法マップ」が作成された
  • 臨床試験を通じて効率型認知行動療法のフィージビリティの検証が進められた

7)国立精神・神経医療研究センター認知行動療法センターの研究グループによる「世界的に注目されている新しい認知行動療法の有効性の確認」 (2022年)

<研究目的>

診断を越えた認知行動療法の中でも、最もエビデンスが集積されている「感情障害に対する診断を越えた治療のための統一プロトコル(以下、UPと記載)」(※1)の有効性を検証すること
※1 ボストン大学不安関連症センターのDavid H. Barlow博士らが開発した診断を越えた認知行動療法。人が生活していく上で感情と上手に接していくスキルを学ぶことを通して、精神的なつらさを軽減させるとともに、本人にとって価値ある人生を送れるようになることを目指す。うつ病、不安症(パニック症、広場恐怖、社交不安症、全般不安症)、強迫症などの様々な精神障害に対して、その有効性や実施可能性が示されている。近年では、過敏性腸症候群、慢性痛、慢性疾患に伴う精神症状など、精神科以外での精神的なケアにも適用されている。個人療法だけでなく、集団療法の有効性も報告されている。子ども版、青年版のUPも開発されており、日本でもその実施可能性を検証中。

<研究成果>

以下のような結果と考察を通して、UPが、うつ病や不安症などの様々な精神障害に対して有効であることが明らかにされた

  • うつ病や不安症を主な診断として外来受診している成人(104名)を対象に、通常の治療を続ける条件と、通常の治療にUPを加える条件を比較した
  • 最も重要な評価項目は、治療開始後21週におけるGRID-ハミルトンうつ病評価尺度(GRID-HAMD)で測定されるうつ症状
  • その他に、不安症状、全般的な臨床的な重症度、研究参加時からの回復度等を評価した
  • その結果、通常の治療を続ける条件と比べて、UPを加える条件の方がうつ症状、不安症状、全般的な重症度が改善しており、より大きな回復が確認された
  • UPの実施によって重篤な有害事象が生ずることはなかった
  • 臨床試験参加者の半数以上が複数の精神障害を併存させ、精神科に初受診してから長い治療期間があり(中央値7.8年)、うつや不安の重症度は先行研究の参加者よりも重篤だった
  • このため、複数の精神障害に苦しみ、長い期間の精神医療を続けつつも、比較的重篤な症状を有している方に対しても、UPが有効である可能性を示したと考えられる
<その他の成果>
  • 本研究成果が2022年1月、英国の学術雑誌「Psychological Medicine」に掲載された

国内における保険適用の拡大

ご紹介したような様々な研究成果を受けて、2010年より「うつ病等の気分障害」、2016年より「強迫性障害(強迫症)、社交不安障害(社交不安症)、パニック障害(パニック症)、PTSD」、2018年より「神経性過食症」を対象に、一定の要件を満たした場合に保険診療として認知行動療法が適用されるようになりました。
そして現在もなお、日本における認知行動療法の普及のための研究が続けられています。